ゲームレビュー記事はゲームではなく人を見るモノである

「ゲームレビューほどいい加減な情報はない」

書いてる本人が言うんだから間違いないですよ(笑)

同じゲームなのに書いてる内容が人によって違う。

中身がひょこひょこと変わる時点で鵜呑みにするのはNG。

ゲームの情報として見るには正確性を欠いてますよね(笑)

 

でもそれが悪いことだとは思いません。

人それぞれの価値観で書かれたレビューには、書き手の人柄や個性ががっつり反映されます。

ゲームそのものと言うよりも、書き手に依存した内容になるはずです。

僕が思うゲームレビューとは”書き手の評価”

ゲームそのものの評価ではないと思うんです。

だから神ゲーと言おうがクソゲーと言おうが関係ないんです。

だってその人が思った評価ですもん。

読者側があーだこーだ言う権利はありませんよね。

”レビューに対しての批判”

たまに見ますがアレって面白いですよね。

別に個人を特定して批判してる訳でもないのに、自分の信念を攻撃されたと思い反撃する。

  • それは違うだろ
  • なにも分かってない
  • ズレたこと言うな

そりゃ違う意見も言うだろ~と思うんですよ(笑)

レビューに正解なんてないし。

それほど人の気持ちっていうのはチカラを持つんだなぁと思います。

人間の脳は不合理である

勘違いしてる人が多いですが、レビューの内容なんて環境次第で180度変わりますからね(笑)

いやホントに(笑)

完璧に内容が頭に入ってても、とんでもなく素晴らしいライティング能力を持ってても。

必ず正しいレビューが書けるとは限りません。

環境が変わるとどうなるのかを考えてみる

  • 仕事で大失敗した夜に書くレビュー
  • 自販機で当たりを引いた夜に書くレビュー
  • 徹夜明けに力を振り絞って書くレビュー
  • 休日にたくさん寝てスッキリした朝に書くレビュー

全てのレビューの内容は異なるはずです。

ネガティブな時には文章もどことなく暗い。

ポジティブな時には文章もイケイケで明るい。

だからこそ人が書くレビューは面白いんです。

その時に応じて若干ニュアンスが変わったりするのは、ロボットじゃ作り出せません。

僕はこの雰囲気がスキなんです(笑)

 

つまり情報が揃ってても内容に大きな差が生まれてしまうのです。

いくら自分で素晴らしいと思ってる記事でも、無意識な部分の影響を受けてしまう。

そしてそれに気づかない。

意外と人間の脳は不合理なんですよね(笑)

ゲーム業界の流行りでもレビューは変わる

その時に何が流行ってるか。

いわゆるトレンドですね。

最近で言うなればインディーズゲームの勢いが凄まじく、switch等で大量にダウンロード販売が開始されてます。

僕のブログで言えばdead cellsとかOne shotとかですね。

非常に良く作られていて面白いのでオススメです。

しかし。

流行りに便乗した感は否めません。

ゲームそのものは面白くても、様々な要因が重なって書かれるレビューも多いんです。

中身だけを切り取った純粋なレビューからは少し離れてる気がするんです。

いくらちゃんと書いてても外部要因が入ってくるもの。

「最近インディーズ流行ってるし面白そう!」

とか思って貰えるかもしれません。

でもブームが来てなかったら高評価ではなかったかもしれませんよね。

トレンドの影響はゲーム性にも響く

僕がドハマり中のオクトパストラベラーというゲーム。

この作品の魅力の一つに”ドット絵調の王道RPG”というモノがあります。

でもよーく考えてください。

これはあくまでドット絵のゲームが全然ないから話題に上がってるんです。

王道のストーリーが少ないから目立つんです。

環境がドット絵と王道に移り変われば、大して騒がれないゲームになってしまうと思うんです。

まぁ面白いんですけどね(笑)

ゲーム性の評価は、その時の環境に応じて異なる評価を受けることも多いんです。

「時代が違えば神ゲーだった…」

っというゲームがあるのはこういった理由だと推測してます。

情報はコモディティ化する

カンタンに言うと”同一化”していきます。

元となる情報は普遍的なモノであり、皆が書けば同じ情報で溢れます。

ドンドン差別化は難しくなり、一つの共通な内容に収束していくでしょう。

悪い言い方をすると”どれも同じ”になっていきます。

そうなってしまうと別の人が書こうが内容は同じになっていきます。

それってつまらなくないですか?

情報は変わらない

情報だけに目をやると全てが同じ内容に感じます。

これほど悲しいことはないです。

一生懸命書いた記事が、他のブログやサイトとほぼ同じなんて笑えない…

見てる人も同じ記事ばかり飽き飽きしちゃいます。

だからこそゲームレビューは鮮度が命とも言われます。

なるべく早く情報を伝える。

そうして初めてレビューの価値が最大化する!

 

えっ…

ホントに?

じゃあ情報が出きったらレビュー記事の価値はなくなっちゃうの?

それはおかしいでしょ(笑)

情報だけのレビューほど腐りが早い

言い方が悪いのは百も承知です。

でも事実です。

みんなの興味がなくなればお役御免。

コモディティ化の波に呑まれてさようなら。

確かに人は集まるかもしれないですが、使い捨てカイロみたいな記事を書くのしんどくないですか?

レビューの価値は情報ではない

あくまで個人的な意見です。

情報も確かに必要ですが1番重要なのって”書き手”の存在だと思うんです。

「このゲーム面白そう!あの人はどう思ったのかなぁ?」

と言うような”人”の部分を感じるレビューの方が価値があると思うんです。

そういう人のレビュー記事はゲームの内容が分かってても見たくなるんです。

やっぱり目指すべきはそこだと思うし、多くの人に見てもらいたいのもそっち。

検索稼ぎで書いた小賢しいトレンドではなく、書き手独自の目線が入ったレビューを是非見てほしい。

レビュー=人だと思う

モノの紹介は当たり前だとして、如何にして自分を出すかが重要だと思うんです。

「ほかの人は知らん!俺はこう思った!」

という言葉をどや顔で言えるくらい尖ってる方が印象に残りません?

情報が同じなら、人で差別化するしかレビューの面白さは引き出せないと思います。

読者が求めてるものが情報なら、個性は要らないかもしれない。

でも長期的にみて生き残るのは個性がある方だと思います。

ゲームレビューは書き手を見た方が楽しめる

皆さんが何を重視するかは分かりません。

  • 知識なのか
  • 感性なのか
  • ユーモアなのか

でも情報だけを目当てでレビューを見るのはもったいない。

しかも誤った情報の可能性も高いと思うんです。

知りたいことがハッキリしてて、とりあえず内容を把握できればいいのなら構いません。

それを参考に自分で購入を検討すればいい。

でも意外と難しくないですか?

感性を感じた方が面白くないですか?

個人的な意見です。

中身よりも”どう思ったか”の方が見てて面白いと思うんです(笑)

どうせ中身はコモディティ化するし。

「なぜそう思ったのか?」

そこが謎な人ほど良い刺激を受けるし、自分の価値観が変わるような気がするんです。

世間の声に影響を受けすぎ

ネットの評判と感覚がズレててもいいじゃないですか。

「僕はモンハン苦手だしそこまで好きではありません。」

とか言うとやたらめったら熱弁されますが、別にいいじゃないですか。

周りと違うからと言って卑屈に思うことはない。

むしろそういったレビューの方が味があるし、ゲーム問わず読まれると思う。

結局何が言いたいか

書き手はもっと自由に書こうよって言いたい(笑)

新作のレビューを書いてみて思った感想です。

確かに気持ちはわかる。

鮮度命の世界でテキトーな事は書けないし、情報の価値はめちゃくちゃ高い。

型にハマった方が理にかなってます。

ただしそれが全てだと思うのはどうかと思う。

情報という価値を失ったとき、レビュー記事としての本当の価値が出てくると思ってるので。

見てる人はそこまで踏み込んで楽しんでほしい

内容を知ったうえで、見ても面白いと思うブログを見つけたら見続けてほしい。

その方が有意義だと僕は思うので。

別に強制でもなければ正論でもありません。

僕のエゴです(笑)

ただ一つだけ。

見るポイントは”情報”だけではない。

情報にフォーカスを当てると、最終的にどれも同じになります。

レビューを見ると言うことはゲームが好きなんだと思います。

だからこそ多くの価値観が存在してることを感じてほしい。

そうすれば自分の世界が少しづつ広がると思うので。

 

だからこそ言いたい。

ゲームレビューはゲームではなく人を見るモノであると。

寂しいので質問やコメントはお気軽に~(笑)

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